新事業開拓奮戦記

「新事業開拓を任せる」と誘われて20余年勤めた大手メーカーから子会社へ、マーケティングの専門家として出向して3年経ちました。この間いろいろ迷走しながらも、一応の方法論に従って新規ビジネスを立ち上げつつあります。その一部始終をご紹介します。新ビジネス開拓を担うご同輩の一助になれば幸甚です。
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雑談その1: 海外E国での失敗事例
現在勤務している子会社に来て新事業開拓を始める前の話ですが、親会社の海外企画部門の課長を務めていた頃、ある日いきなりE国の現地法人の緊急救済プロジェクトが役員から発動されて、約1年ほどそれに駆り出されたことがあります。

それ以前のE国の現地法人はE国では有数の日系企業で、日本からの出向者に加えて現地の日系人の大卒エリートが多数活躍していました。日本の本社で展開している主力事業をE国で展開して1000億円を超える売上を誇り、利益も10%を超えて、最も成功した海外事例ともてはやされていました。それがある時を境に一気に業績を落とし始めたのですが、理由は「規制緩和」でした。要するにそれまでの好業績は「規制」によって守られていた訳です。

実際にそのような状態に陥る前から日本や他の国の状況に照らしてみて、遠からずE国も規制緩和で状況が厳しくなるのではないかと私自身は疑問を持って、日本側のE国担当に何度も疑問を投げかけていたのですが、彼らは「E国では絶対にそのようなことは起こらない」と信じ切っていました。

結局当時の海外事業部門の中から急きょ私を含めてエース級(多分?)の課長が数名投入されて、建て直しが無理ならばソフトランディングするようにと命じられたわけですが、見事に失敗しました。

本業が坂道を転げ落ちるように崩壊してゆく中でそれを吸収するための新規事業立ち上げは、無理な相談です。PPMの絵で説明済みのとおり、本業が「金のなる木」を発揮しているうちにそこで生み出される資金を新事業のネタである「問題児」に投じて「花形」に育てることが必須なのです。

PPM


結局その際に付け焼刃で始めた新事業は、一旦E国現地法人を解体的に整理した後に新たな会社としてゼロから立ち上げ直しをする際のコアとなりましたが、規模的には1割にも満たないものでした。



| タロ君のパパ | 新事業開拓 | 08:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
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